絵画や書を掛軸・巻物・額装に仕立てる伝統的な技術を「表具」あるいは「表装」といいます。書画に和紙で裏打ちして補強し、その周囲に裂(きれ)や紙を用いて装飾を施すことで、何といっても中心は掛軸ですが、巻物や額装のほか屏風や衝立(ついたて)・襖、手鑑(てかがみ)・画帖(がじょう)なども、同様に表具と呼ばれます。東洋の美術品の多くは、この表具技術を施すことによって初めて鑑賞できる形となり、また表具技術によって美しさや価値が守られ、長い年月を経て伝えられてきたのです。
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表具とは
表具とは
表具の起こりと成り立ち
表具の技術は古代中国に発祥したといわれ、日本へは飛鳥時代に仏教とともに経巻を仕立てる技術として渡来しました。日本で最初の表具は経巻、つまり巻物だったのです。絵巻物が多くつくられた平安時代には、日本的な表具の技術や様式が考案され、禅宗が伝わって水墨画が盛んに描かれた鎌倉から室町時代にかけては、掛軸が大量につくられました。現代の表具師につながる掛軸専門の職人が登場したのもこのころでした。室町時代以降、絢爛豪華な表具は権力者に好まれ、桃山時代には豪奢な屏風や襖絵が城郭や寺院の内部を飾りました。屏風は中国やヨーロッパで珍重され、わが国の主要な輸出品として海外へ渡ります。中世から近世にかけての住宅様式「書院造」に「床の間」が現れると、掛軸は花鳥画など仏画以外の絵画を純粋に鑑賞するためのものとして大きく発達。また茶の湯の席では、禅僧の書である「墨跡」の掛物が好まれて日本特有の「わび」の世界を醸成するなど、日本の歴史のさまざまな場面で表具技術は必要とされ、その美は洗練されてきました。
茶の湯と表具
千利休によって大成された茶の湯では、茶碗や茶杓・釜などさまざまな道具が用いられますが、中でも掛物(掛軸)は最も尊重すべきものとされています。その根拠は利休の言葉を聞き書きで記した『南坊録』の次の一節。「掛物ほど第一の道具はなし。客・亭主共に茶の湯三昧の一心得道の物也。墨跡を第一とす。其文句をうやまひ筆者の道人・祖師の徳を賞翫する也。…」。従って掛物のなかでも、禅僧が禅語を揮毫した墨跡の表具を最高位としているのです。もちろん「茶掛(ちゃがけ)」と呼ばれる茶の湯で用いる掛物は、墨跡だけではありませんが、「茶禅一味」の言葉が表すように、茶の湯と禅とは深い関わりがあり、墨跡が茶の精神を端的に表したものとして、茶席で多用されることは理にかなったことと言えるでしょう。
日本の美と表具
言うまでもなく表具は、本紙と呼ばれる作品あってこそ用いられる技術で、あくまでも脇役。本紙を引き立て、長らえさせるためのものですが、貴族や将軍など美術品を所有した権力者は表具そのものにも美を見出し、愛好しました。足利将軍家や江戸時代の大名茶人たちによる「好み表具」が、その例です。こうした、表具に自らの美意識を投影する趣味は、近代になって明治以降、美術品を愛好した財界の数寄者らにも受け継がれ、「表具・表装の美」が一段と磨かれていったのです。そうした美術的価値の高い表具が多く生みだされたのが、裂地や和紙などの材料をはじめとする諸条件に恵まれた京都の地でした。
京都と表具
多くの伝統産業が京都の地で発達したように、表具もまた京都で大きく発展しました。御所文化が受け継がれ、寺社や茶道家元が集まるなど、高度な表具が大量に求められる土地柄であったこと、仕立ての決め手となる良質和紙の産地、吉野地方に近く、また高度な織技術を誇る西陣織の生産地であったこと、さらに寒暖の差が大きく風が少ないという表具制作に適した気候条件などが、発達の主な要因といわれています。京都でつくられる表具は「京表具」と呼ばれ、大正時代から高級表具を意味する言葉として広まりました。平成9年(1997)には国の伝統的工芸品に指定され、品質と芸術性の最高水準を表す名称となっています。